その奥にちょっとだけ踏み込んでみた。
北陸での仕事の翌日。もうあとは大阪へ帰るのみ。時間はある。
何となく地図を眺め、何となく独り車を走らせてみた。
とあるダムに到着した。
ダムには不思議な魅力がある。
堤体の上に上がると、よくこんな構造物を作ったなあと感心しつつ、下をのぞき込む。吸い込まれそうな恐怖感。高いところはあまり得意ではないくせにいつものぞき込んでは震えている。それならのぞかなければいいのに。
そして、このコンクリートの塊と溜まった水の底に谷が、村が、自然や人の思いが呑み込まれているのかと思うと、奇麗だ、美しい景色だ、という気持ちではなく、いつも何とも言えない気分になる。それなら来なけりゃいいのに。
でも、何故か一度車を降りて、のぞき込みたくなる。奇妙な場所だ。
ダムマニアなどという言葉ができて久しいが、その気持ちはわかるような気はする。
また何色と言えばいいのだろう。ダム湖の水の色。たまたまだろうけれど、私の記憶の中ではあまり澄んだ色であったことがない。少し濁った青緑色と言えばよいか。その深い深い谷底にはとてつもないあやしい生き物が潜んでいそうではないか。
なんだか、そそるのだ。ダム。
そこは観光地化されている様子もない、山深いダムだった。ダム沿いの道は山奥へと続いているが、現在は途中で通行止めになっているようだ。誘われるがままにその道を行く。
日は昇っているが、人っ子一人いない。しっかりと舗装された道が続くが、おそろしい程の静けさだった。
こわいもの見たさでどんどん道をすすめると、一方通行の狭い狭いトンネル。こうなると行けるところまで行ってみたくなる。トンネルに入ると、トンネルのわきにある赤色の回転灯が昼間にもかかわらず不気味に光る。
トンネルを抜けると、ところどころ落石の後がある。路面も少し傷んできた。ゆるゆる進むと、初めての生命反応。カモシカ。驚かせるなよ。初めて見た。カモシカはこちらに気づくと走りさった。
それでも車を進めると、昔あった集落跡が。その碑がかえって寂しい。そのまま進んだが、道はあるが通行止めに。どうなっているのだろう。気にはなるが、さすがにそこから歩いて、というわけにも行かず、少し戻ってダム上流の川をのぞく。
上流からの土砂がたまってはいるが、清らかで水量もかなりある。ひょっとすると、大きな魚がダムから上がってきてやしまいか。
そのダムにも、上流の川にも漁協はなかった。いわゆる魚の放流というものはされていないようだが、むくむくっと釣りの気分が湧いてくる。
よし、降りてみよう。
堰堤のところにルアーを通すと、なにやら魚のようなものが走ったような気がした。気のせいか。なにかが周りにいるような気がして、ふとあたりを見回す。何もいない。川の音だけが響く。
少し歩いて上流へ。
いい雰囲気。いかにも魚がいそう。
でも全くダメ。やっぱりね。
いい雰囲気が続く。チェイスぐらいあるかしらん。
しんと静まり返っている。全くダメ。
やっぱり調べてこないといかんわな。
大きな堰堤。これはだいぶ巻かないといけない。
いや、釣り師たちはここから入っていくのだろうという場所。この先からパラダイスが待っているのか。
しかし、ひとりでそんな勇気はない。
大体、こちらはあくまでも仕事帰りだ。
そうだ、仕事帰りだった。えらいとこまできてしまった。雲行きも怪しくなっている。早く帰ろう。でも、魚止めの堰堤だ。
最後に一応。投げておくか。
気のないキャストに、根がかりかと思ったとたん。
イワナ。
詳しいことはわかりませんが、おそらく純天然かと。
おそらく放流されていないイワナ。
こんな道沿いの川にも逞しく生きながらえていた。
いや、ほんとはたくさんいるのかもしれないけれど。
また、釣りの神様は劇的な出会いをくれた。
最後の最後に。
でも知らないうちに、ずいぶん奥まで踏み込んでしまった。山登りや沢登りの方はここから入っていくというただの車止めかもしれない。
しかし、ひとけがなさ過ぎた。魚の雰囲気もなかった。
出会ったのは、カモシカと一匹のイワナだけだった。
ゆっくりと慎重に山を下った。
なんだか、釣りを楽しんだとかドライブを楽しんだとかいう感じではない。
ダムを見渡した時の何とも言えない気持ち、それが帰りの道中、家に着くまで体にまとわりついている感じがした。
やはりダムには不思議な魅力があるのだ。
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